慢性腎不全の猫を看取り体験談ブログ「またいつか」筆者自己紹介と当サイトについて

はじめまして。

当サイト「またいつか」の筆者、”あこ”です。

慢性腎不全は猫ちゃんにとって、ある意味では「長生きした証」とも言える病気です。

高齢猫の死因1位とも言われていて、高齢猫の大半が腎不全を患っていると言われています。

私は20代で先代猫を買い、30代で看取りました。

(現在は40代で、猫を看取った4年後に授かった子どもを子育て中です。)

私にとって、猫の看取りは本当に辛いものだったし悲しいものでした。

でも看取りから10年経った今では、途中で猫の飼育ができなくなるような事もなく、最期まで一緒に過ごせたことは、幸せなことなのだと感じるのです。

このページでは、私の自己紹介をさせていただきます。

20代で保護猫の里親に、17歳の猫を看取り、今は3匹の猫の里親です

私は20代で保護猫の里親になりました。

当時はまだ本当に遊びたい盛りで、親元を離れて暮らす中、今思えばよく猫の世話ができたなぁと思います。

付き合う人が変わっても、人間関係に躓いても、やりたいことを諦めても、思うような暮らしができなくても、

猫だけはずっと一緒でした。

猫を飼っている間に、長年勤めていた会社を辞めて夢を追いかけた事もあったし、結婚もしたし離婚もしたんですw

私は18歳で実家を出ているので、猫と共に生きた17年という月日は、親と暮らした年月と同じぐらいの長さ。

でも密度で言えば猫との日々のほうが濃かったですね。

悲しいかな、どれだけ可愛い猫でも。

私の年齢をいつの間にか追い越し、そして命の終わりを迎えます。

17歳の時、苦しんで亡くなるという噂ばかりの腎不全にしては穏やかに、愛猫は息を引き取りました。

その時「また1匹、名もない猫を引き取ることが、愛猫への供養なのではないか」と感じた私は、割とすぐに保護猫ボランティアさんに連絡を取り、「人馴れは難しい」とボランティア参お墨付きの被虐待猫を連れて帰ります。

私はこの時、結婚していた人とうまく行かずに離婚をしていたので、

もう誰も引き取り手がないこの猫と一緒に、静かに生きていくつもりでいました。

ところが、猫が苦手…という人と結婚することになり、そして息子が産まれます。

猫が苦手だったはずの夫は、知らぬうちに猫が好きになっていて、もう1匹、保護猫を迎えます。

そうこうして息子が幼稚園の頃、庭先に小さな三毛猫が現れるようになりました。

その猫は小さな体でうちの庭にふら〜っと迷い込んできたんです。

明らかに野良だったので、保護するつもりで餌を置き、数日後に保護して我が家の3匹目の猫となりました。

こうして途切れることなく保護猫の里親として、もうかれこれ25年です。

2代目猫は今では11歳になります。

我が子のような存在の愛猫を看取るという経験を乗り越えるために

腎不全で猫を看取った時は、先代猫は我が子のような存在。

本当に苦しくて辛くて、悲しくて寂しくて、身を切られるような思いでした。

先ほども書いたとおり、どれだけ我が子のような存在でも、猫はいつの間にか飼い主の年齢を追い越し、そして私達人間よりも早いスピードで死を迎えます

でも、同時にそれは自然の摂理であり、幸せなことなんじゃないかと、今の私は思うんです。

もしも猫の看取りをしなくても良い世界だったら。

猫が人と同じ寿命を持つ動物だとしたら、飼い主に先立たれた猫が幸せな暮らしができる保証はありませんから。

別れを恐れるのではなく、お別れまでに、残される私達飼い主が悔いの残らぬように過ごすことが大切だと、猫の看取り経験をした私は思います。

全く悔いが残らないわけではないし、どの選択をしても「本当にこれで正解だったのか」という気持ちは持ち続けるでしょう。

でも、その時できる範囲で精一杯やったのなら、それがあなたの猫が望んだすべて。

そう伝えたくて、当サイトを立ち上げました。

どうぞ、「またいつか」をよろしくお願いします。